津軽半島の先端にある龍飛岬。
青森県にある、2つの大きな半島の左側の先端にやってきました。


青函トンネル記念館。

まず最初に寄り道したのは青函トンネル記念館。
以前竜飛海底駅で降りた際にここに来たことがあります。
青函トンネル記念館から竜飛海底駅に繋がるケーブルカーがあり、ここから地下トンネルまで往復1時間程度で見学することができます。
でも今回は見る予定はなかったので、先に進みます。


津軽海峡冬景色の碑。

さらに進むと、「津軽半島・冬景色」の記念碑がありました。
日本海の荒波をイメージしたようなモニュメントで、中央にあるボタンを押すと石川さゆりさんの名曲「津軽半島・冬景色」の曲を聞くことができます。
わりと大音量で流れるので、誰かが押すと辺りに響き渡るのでなかなか面白いです。


龍飛漁港と松前半島。

「津軽半島・冬景色」の記念碑からは龍飛漁港と松前半島がはっきりと見えてとても綺麗!
龍飛岬から龍飛漁港までは車で行くには大回りをする必要がありますが、Googleマップだと国道339号線が蛇行しながら伸びています。
これはいったいどういうことでしょう。


階段国道。

実は「津軽半島・冬景色」の記念碑のすぐ近くに、日本で唯一の歩行者専用国道、階段国道があります。
ここは前々から本当に来たかったところなのでおいらのテンションも上がります。
早速歩いてみました。


行きは下りなので楽々。

階段国道は362段の階段で、龍飛岬からはずっと下り階段になります。
今日は風も強くなく、最高の天気。
下り階段なのですいすいと進めるのですが、同時に結構降りてしまったので帰りが心配になりますが、なんとかなるでしょう。


山道を通ります。

階段国道は時折山道に入ることもあります。
自転車用のスロープも一応ありますが、それでも段差が多く、ここを自転車で上り下りするのはかなりキツそう…
とか思いつつ階段を下ります。


民家の裏路地のようなところを通ります。

階段を降り切ったかな、と思ったら、なんと階段国道は住宅街の裏道のようなところを歩くことになります。
国道のところは色付きの舗装がされわかりやすくなっていますが、なんとも面白いところを通ります。
そしてようやく階段国道の終点までたどり着きました。


龍飛岬観光案内所。

階段国道を降りて約300mほど歩いたところに龍飛岬観光案内所があります。
かつて「奥谷旅館」という旅館があったところが現在は観光案内所となり、当時の建物がそのまま残されています。
明治期の建物ですが、観光案内所のため無料で見ることができるのが嬉しいですね。


太宰治も泊まった宿。

この旅館には太宰治と友人のN君こと中村さんが泊まったことが小説「津軽」にも書かれています。
お銚子6本の酒を頼み、さらには前もって持参した酒まで飲んで、べろんべろんに酔ってしまう太宰治とN君。
そんな太宰治が泊まった部屋が残されています。

また、宿帳にも「太宰治」の名前で記帳しているものが残っていて、それを見ることができました。
なぜ本名の「津島修治」ではないのかについては小説「津軽」でも津軽地方の名士だった親や兄に対しての負い目があったことだと触れられているので、それを知っていると何とも感慨深い感じになります。

他にも青森県出身の版画家、棟方志功さんや津軽三味線奏者の高橋竹山もよく泊まっていたという奥谷旅館。
いくつもの部屋が当時の面影を残していたのでついじっくりと見てしまいました。


金魚ねぶたをいただきました。

そして帰りがけに金魚ねぶたを頂きました。
津軽地方の縁起物、金魚ねぶた。
いろいろと見れただけでなく、金魚ねぶたまで頂いて…本当に来て良かったです。


帰りの階段国道が辛い。

満足なおいら達を待っていたのは、上り坂の階段国道でした。
帰りの階段国道は登りなので大変だったけど、階段国道を降りて歩いてよかったなぁと実感したおいら達でした。

◆秋の津軽海峡ぶらり旅
秋の津軽海峡ぶらり旅【目次】


◆関連日記
津軽海峡初夏景色【青函トンネル記念館篇】



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